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東京高等裁判所 昭和50年(ネ)103号 判決

控訴人 村山産業有限会社

右代表者代表取締役 村山光雄

右訴訟代理人弁護士 佐藤恒男

被控訴人 株式会社名取興産

右代表者代表取締役 名取勝三

右訴訟代理人弁護士 鈴木信一

主文

本件控訴を棄却する。

控訴人の当審における予備的請求を棄却する。

当審における訴訟費用は控訴人の負担とする。

事実

(申立)

一  控訴代理人は、「原判決中控訴人の敗訴部分を取り消す。被控訴人は控訴人に対し金二、五六八万円及び金二、六〇〇万円に対する昭和四八年一二月一日から支払いずみにいたるまで年六分の割合による金員を支払え。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決並びに右請求が認容されない場合につき、予備的に、「被控訴人は控訴人に対し金一、三〇〇万円及びこれに対する昭和四八年一一月二八日から支払いずみにいたるまで年六分の割合による金員を支払え。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決及び仮執行の宣言を求めた。

二  被控訴代理人は、控訴棄却の判決並びに予備的請求につき、「控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は控訴人の負担とする。」との判決を求めた。

(主張)

当事者双方の事実上の主張並びに証拠の提出、援用及び認否は、次のとおり付加、補正するほか、原判決の事実摘示と同一であるから、これを引用する。

一  控訴代理人は、次のとおり述べた。

(一)  請求原因の補足部分

1 控訴人は、昭和四八年九月頃サンワ産商株式会社(以下訴外会社と称する。)から倉庫敷地及び資材置場に使用する土地の購入を依頼されたが、その際、土地売買においてはいつも立木の帰属が紛争の種になり、また仲介者が立木を私することもあるから、立木は一本たりとも伐採しないようにと注意されており、したがって、控訴人が被控訴人から本件土地を買受けるにあたっても、立木の件が問題とされ、双方とも立木の取扱いが売買契約自体に影響することを十分認識していた。

2 それゆえ、控訴人は、本件土地上に成育の立木の引渡しについて訴外会社の了承を得つつ被控訴人との売買交渉を進めて、同年一〇月三〇日被控訴人との間で本件売買契約を締結したうえ、翌三一日訴外会社に対して、本件土地を、代金一億四、五二〇万円、手付金一、五〇〇万円、地上の立木は現状のまま引渡すこととし伐採することを得ず、一本たりともこれを伐採したときは契約は破棄され、控訴人違約の場合は手付金倍返しとし、訴外会社違約の場合は手付金没収とするとの約で転売したのである。

3 このように、被控訴人は、本件土地上に成育の立木の現状のままの引渡しが本件売買契約の単なる付随的処分にとどまらず、売買の対象として契約の要素となっていたことを知っており、約旨に反して立木が伐採された場合には契約解除に立ちいたることを予見し得た筈である。したがって、立木が約旨に反して伐採されてその引渡しが不能となった以上、本件売買契約は履行不能に帰したものというべきであり、被控訴人は違約金の支払義務を免れない。

(二)  当審における予備的請求原因

1 前記(一)の2のように控訴人及び訴外会社間の本件土地の売買契約が締結されて間もない昭和四八年一一月中旬頃、控訴人は、訴外会社から本件土地上の立木の伐採が行なわれているとして右契約の解除を通告されたため、驚いて伐採の中止を求めるとともに、訴外会社と話し合いの結果、訴外会社も控訴人が故意に立木の伐採をしたのではないことを認めて、違約金は手付金相当額の一、五〇〇万円の支払いを受けることで了承した。

2 そこで、控訴人は同月二三日被控訴人と話し合いの末、本件売買契約を解除し、被控訴人は控訴人に対して手付金一、三〇〇万円を返還する旨合意し、なお、被控訴人は違約金を支払うが、その金額は被控訴人の意思に従うものとし、右手付金返還及び違約金支払の時期はいずれも同月二七日と定められた。ところが、右期日にいたって、被控訴人は突如右各金員の支払義務がないとして、支払いを拒絶してきた。

3 よって被控訴人に対し、右約定に基づき、一、三〇〇万円及びこれに対する右期日の翌日である昭和四八年一一月二八日から支払いずみにいたるまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

4 かりに右主張が認められないならば、本件売買契約は前記のようにその地上に成育の立木をその現状のまま引渡すことを要素としており、控訴人としてはこれが約定どおり全部引渡されるものと認識していたのに、被控訴人が立木の一部を旧地主から取得していなかったため、伐採されてしまい、その引渡しを受けられなくなったのであり、右契約は要素に錯誤があったから無効というべく、被控訴人は右契約により手付金として取得した一、三〇〇万円を返還すべき義務があるから、被控訴人に対して、右金員及びこれに対する右受領日以後の日である昭和四八年一一月二八日から支払いずみにいたるまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

二  被控訴代理人は、控訴人の右主張に対する答弁として、次のとおり述べた。

(一)  一の(一)の主張につき、控訴人及び被控訴人間の本件売買契約の締結に際し立木の件が話し合われたことは認めるが、本件土地が訴外会社に対して控訴人主張のとおりの約旨で転売されたことは知らない。立木が売買の対象として契約の要素であったことは争う。

(二)  一の(二)の主張につき、控訴人及び被控訴人間に本件売買契約が締結されたこと、右両名が昭和四八年一一月二三日話し合いをしたこと、控訴人が被控訴人に対し支払義務なしとして手付金の返還を拒絶したことは認めるが、右話し合いにより控訴人及び被控訴人間に控訴人主張のとおり手付金返還等が合意されたことは否認する。被控訴人は、控訴人のした申し出に対して回答を留保し、同年同月二七日に右申し出を拒絶したのである。立木が本件売買契約の要素たる存在であったことは争う。

三  《証拠関係省略》

理由

一  控訴人が飲食店経営を主たる営業とする有限会社であり、被控訴人が不動産の賃貸、売買、仲介等を主たる営業とする株式会社であること、控訴人が昭和四八年一〇月三〇日被控訴人から本件土地(一)及び(二)を代金をそれぞれ一億一、五二〇万円及び一、〇〇〇万円とし、手付金をそれぞれ一、二〇〇万円及び一〇〇万円として買受け、同日被控訴人に対して右各手付金合計一、三〇〇万円を支払ったこと及び被控訴人が右売買契約に際して控訴人に対し、被控訴人が違約した場合には違約金として手付金の倍額を控訴人に支払う旨を約したことは、当事者間に争いがない。

二  そこで、被控訴人に右売買契約の違約があったかどうかについて判断する。

右売買契約において本件土地(12)及び(13)の地上に成育している立木が売買の目的物に含まれていたが、これに先立ち被控訴人が前所有者江波戸正から右二筆の土地を買受ける際には、その地上の立木が売買の目的物から除外されており、同人は昭和四八年一一月中旬頃右地上の立木を伐採してしまったことは、当事者間に争いがない。

しかし、被控訴人が控訴人に対し、右二筆の土地上の立木を前所有者から買受けていない事実をことさらに秘し、右立木が控訴人に売り渡されるかのように欺罔し、控訴人をしてその旨誤信させた結果本件売買契約が成立したことについては、《証拠省略》によってもこれを認めるに足りず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。してみれば、被控訴人が控訴人を欺罔して本件売買契約を締結させたことを前提とする控訴人の主張は、理由のないことが明らかである。

三  次に、控訴人の違約金請求について判断する。

本件売買契約において目的物の所有権移転の期日が昭和四八年一一月三〇日であったことは、当事者間に争いがなく、当審証人江波戸正の証言及びこれにより成立を認める乙第三号証によれば、同人は同年同月中旬頃本件土地(12)及び(13)の地上の立木四〇石を伐採して、その頃鈴木清造に対してこれを石当り八、〇〇〇円合計三二万円で売り渡したことが認められ、被控訴人が前記期日までに鈴木から右立木を買取る等の方法により控訴人に対して引渡しをしなかったことは、被控訴人の明らかに争わないところである。してみれば、被控訴人は控訴人に対して本件売買契約につき違約をしたものといわなければならない。

ところで、控訴人が昭和四八年一一月二九日被控訴人に対して本件売買契約を解除する旨の書面による意思表示をし、右書面が同月三〇日被控訴人に到達したことは、当事者間に争いがない。そこで、右契約解除の効力について考えるに(右契約解除の意思表示は本件売買契約の履行期日の経過前になされており、したがってその効力を問題とすべき余地がないではないが、ここではその点の判断をしないこととする。)、控訴人が本件売買契約締結に際し被控訴人に対して本件土地(一)及び(二)を工場用地又は資材置場として使用することとし、そのため右各土地上にある立木を二年以内に伐採することを約したことは、当事者間に争いなく、また、当事者間に争いのない本件各土地の面積からみると、本件土地(一)及び(二)の合計二六筆の総面積が二万五、一一三平方メートルであるのに、本件土地(12)及び(13)の二筆の面積の合計は一六七一平方メートルであって、全体の七パーセント弱にすぎないことが明らかであり、価額の点からみても、本件売買契約における本件土地(一)及び(二)の合計価額が一億二、五二〇万円であるのに、約旨に反して伐採された本件土地(12)及び(13)の上の立木の価額は三二万円程度であって、全体の〇・二六パーセント弱にすぎないことは、前述したところにより明らかである。さらに、《証拠省略》によれば、右のように伐採された立木は四、五年後でなければ伐採に適さない幼木であったことが認められる。以上の事実によれば、右のように伐採された本件土地(12)及び(13)の地上の立木は、本件売買契約の目的物の全体からみてきわめて僅かな部分であって、その価値もそれ程高いものではなく、しかも短期間のうちに伐採されることになっており、本件土地の利用目的からみて必要なものであったとはいえないことが明らかであり、したがって、右立木の伐採によりその引渡しができなくなったからといって、これにより本件売買契約の目的の達成が不能となったものということはできない。もっとも、本件売買契約の締結に際し控訴人と被控訴人との間で本件土地上の立木について話し合いがなされたことは、当事者間に争いがなく、被控訴人において本件土地が他に転売されることを知っていたことは、《証拠省略》により認められるが(但し、右転売契約において本件土地上の立木が一本たりとも伐採されるときは契約は破棄される旨の厳しい約定が存在することを控訴人が認識していたことについては、これを認めるに足りる証拠がない。)、このような事実も、前記判断を左右するに足りない。してみれば、控訴人としては、本件土地(12)及び(13)の地上の立木が引渡されなかったことを理由に代金減額を請求しうるのは格別、これを理由として契約解除をすることは許されないものといわなければならない。

なお、本件違約金の請求は、控訴人の主張によれば、必ずしも本件売買契約の解除を前提とするものではないが、違約金は賠償額の予定と推定され、かつ前記のような契約の趣旨に照らせば、本件手付倍返しの違約金約定は債務不履行を理由として契約関係を清算し終了させるための賠償額の予定というべきであり、前記認定の事実関係に照らせば、被控訴人の側で前記立木引渡しの不履行があっても、これにより本件売買契約の目的の達成が不能となったわけではないから、控訴人において右不履行を理由として右契約関係を清算し終了させるための手付倍返しの違約金を請求することもまた許されないものというべきである。

よって、被控訴人の立木引渡しの不履行を理由とする本件違約金の請求は、理由のないことが明らかである。

四  次に、控訴人は、右違約金の請求が認められない場合につき、予備的に、本件売買契約の合意解除に基づく手付金の返還を請求するから、これについて判断する。

控訴人と被控訴人とが昭和四八年一一月二三日本件売買契約をどうするかについて話し合いをしたことは、当事者間に争いがなく、《証拠省略》によれば、右話し合いに際して契約の解除並びに手付金返還の件が控訴人側から提案されたことは認められるが、《証拠省略》中被控訴人が控訴人の右提案を承諾した旨の供述部分は、これを措信しがたく、かえって、《証拠省略》によれば、被控訴人は、控訴人の右提案を確定的に承諾したわけではなく、その回答を留保し、その後間もなく右提案を受け入れがたいとして、拒絶の回答をしたことが認められる。

よって、本件売買契約の合意解除に基づく手付金返還の請求もまた理由がない。

五  さらに、控訴人は、本件売買契約が要素の錯誤により無効であると主張して、手付金の返還を求めるから考えるに、本件土地(12)及び(13)の地上の立木が本件売買契約の目的物のきわめて僅かな部分にすぎず、その引渡しの不履行により契約の目的達成を不能ならしめるものではなかったことは前述したとおりであり、したがって、右立木の引渡しが契約の要素であり、右引渡の不履行が要素の錯誤による契約の無効をもたらすものであったということはできない。

よって、要素の錯誤による契約の無効を理由とする手付金返還の請求もまた理由がない。

六  なお、原審は、前記のとおり控訴人の違約金の請求を排斥したうえ、右請求は前記立木の引渡債務の不履行を理由とする損害賠償の請求をも含む趣旨と解し、控訴人が右立木の価額相当の損害を蒙ったとして、その範囲において右請求を認容しており、右請求の範囲の解釈について問題の余地はあるとしても、本件は、控訴人のみの控訴にかかり、被控訴人においてなんら不服の申立をしていないから、当審においてその点の判断をなすべきかぎりでない。

七  よって、控訴人の本件違約金の請求中原審の認容した限度を超える部分は、理由がないから、これを棄却すべきであり、これと同趣旨に出た原判決は、相当であって、本件控訴は、理由がないから、民事訴訟法第三八四条第一項によりこれを棄却し、当審における予備的請求は、いずれも理由がないから、これを棄却し、当審における訴訟費用の負担につき、同法第九五条、第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 安藤覚 裁判官 森綱郎 奈良次郎)

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